生き物のつながりが見える、自然農の田んぼ
散歩がてら、近所の田んぼを見せてもらいに行きました。

声をかけてくれたのは、神山町で田んぼの草取りをしていたときに偶然出会った方です。そのときも自然農のことや米づくりのことを、ずいぶん長く話しました。
自然農、有機農業、それぞれの栽培方法について田んぼをまわりながら話を伺うこと2時間ほど。
子ども時代から田んぼで手を動かし、米づくりを始めて30年ほどになるというその方は、川口由一さんの方法にならい、試行錯誤を重ねて今に至るようです。手がける田んぼは、とても元気で、きれいに見えました。
耕起と不耕起が混在している田んぼは、始めてから4、5年ほどになるらしいのですが、人がパーソナルスペースを必要とするように、稲にも適度な空間を確保しているのだそう。
話しているあいだにも、鴨がきて、白鷺が舞い降りて、田んぼの中にいる生き物をつついていました。生き物たちが共生する「理にかなった」方法で米づくりが行われていて、お話を伺いながら生き物たちのつながりが、少しずつ見えてくるようでした。
田んぼにたくさん生える「ヒエ」の取り方と、その置き方もならいました。
生き物を生かす方法をとっている方に共通するのは、所作の丁寧さのように思います。稲ではない草の一本一本までも、丁寧に扱い、土に返す所作。眼差しがそのまま行為としてうつるその姿を見て、襟を正す気持ちになります。

徳島は、吉野川の豊かな恵みを受けています。
そうした水を農業に生かすために、水路をつくり、田を整え、それを何代にもわたって使い続けてきたその風景を前にすると、「田んぼがある」こと自体が、誰かが長い時間をかけて残してきた結果なのだとあらためて思わされます。
肥料や機械を使わずに、手作業とここにある生き物の力で米づくりができれば、食べることには困らないよ、とその方はおっしゃいます。
「小さくとも、自分たちが食べるものを、自分たちがやりたい方法でつくれること」
どんな方法で育てるのかを自分で選べること。そこにいる生き物や自然の営みに沿いながら、人がどう手を添えるのかを考えられること。食べることを、遠くの仕組みにすべて預けないこと。
そういう食べものづくりに惹かれます。そして、生き物がかかわり合う食べ物づくりに、とても関心があります。
ジャンボタニシが小さな草を食べ、鴨や白鷺が訪れる田んぼ。
新しい散歩コースになりそう。











